2012年4月11日水曜日

やさしいキスの仕方~彼は、センセイ~ - 第七章 “If You Please,”〔7〕


 賑やかな声が飛び交うキャンプファイヤーの人ごみに、タカシは立っていた。

 華やいだ雰囲気の中、さっき告白された、その場所で。
 唯一タカシだけが、棘のある空気をかもし出していた。

 私の姿を認識するなり、タカシが不愉快な心境をあらわにする。
 そうして近くまで来た私の手首をつかむと、強引に連れて行かれた。

 その手の力は、痛いほどに強い。

 いつかこんな風に、先生に手をひかれ連れて行かれたことがあった。
 けれどもタカシの手は、先生のそれよりもずっと乱暴だった。

「またアイツ……月原かよ」

 人気のない裏庭に着いたところで、タカシが苦々しげにもらした。
 ようやく解放された私の手首は、少しだけ赤くなっていた。

 タカシの声が 愛しい名前を紡いだことに、どきりとする。

 けれどさっきの図書室でのことは、知られてないはずだ。
 そう自分に言い聞かせ、私は冷静を装う。

 無表情のまま黙っている私に、タカシがたたみかけてきた。

「何考えてんだよ……。もう何度も言ってるけど、あいつは教師だぞ」
「私が誰を好きでも、タカシに関係ないでしょ?」


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 揺るぎない私の声は、タカシの神経を逆なでしたらしかった。
 タカシの苛立った声が少し大きくなり、私にふりかかる。

「どうしてわかんないんだよ! あいつは教師で、おまえは生徒だ。ちょっと考えれば、どうなるかわかるだろ!?」

 一番言われたくない、痛いことだった。それでも揺らがない私の心。
 今さら納得して先生を好きなことをやめられるくらいなら、あんな苦い思いをしてまで 想いを貫こうとなんてしない。

 私が表情を動かさないので、タカシも少し冷静さを取り戻した様子だった。
 けれどもまだ強い視線で、タカシは私をとがめるように見ていた。

「お前にふられて、あきらめようとも思った。だけど見過ごすことなんてできない。お前が好きだから……そしてお前の好きな相手が、他の誰でもなくアイツだから。だからお前に嫌われても、オレは絶対に許さない」

 言い終わると同時に、タカシがズボンのポケットからケータイを取り出した。
 おもむろにそのケータイを開き、タカシが私に向かって画面を突き付ける。

 そこに表示された画像を認識すると同時に、私は息がとまるほどの衝撃を覚えた。


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 声にならない声が、上手く出てこれないまま喉のところで引っかかる。
 それは、ついさっきの図書室の場面だったのだ。抱きしめられた私の背中。

 私は後ろ姿だから誰かわからないけど、制服はしっかりと映っている。
 図書室は二階なのに、窓の外から巧妙にズームで映してあるようだ。

 いつの間に、こんなものを。キャンプファイヤーの前で話した後だ。
 もしかしたら後をつけられていたのかもしれない。

 そうして窓から室内が見える位置まで移動し、撮影したんだろう。
 あからさまなまでに仕組まれたこの状況に、嫌気がさす。

 とにかく過程なんてどうでもいい。

 画像に正面から映ってしまったのは、私じゃない。
 この画像が出回って、被害を受けるのは私じゃない。

 被害を受けるのは私でなく、ほかならぬあの人――……
 少し画像がぼけてはいるけれど、見れば月原先生だとわかってしまう。

 勝ち誇ったような目をして、タカシが意地悪い笑みを浮かべつつ言った。

「勤務中に女生徒と。こんな写真、公表されたら失職は間違いないね」
「やめて!」

 いつもよりも強い口調で、私はタカシを制した。


私は別で立つ場所

 自分の顔が強張っていくのを感じながら、私は恐怖していた。
 何よりも恐れていたことが今、目の前に突きつけられている。

 タカシの手からケータイを奪おうとしても、あっけなくかわされる。
 どうしたらいいの。あんな画像、すぐに消してしまいたいのに。

「窓際であんなことするなんて、迂闊うかつだったな」

 まだ勝ち誇ったような顔をやめないタカシの、嘲るような声。
 そんなタカシを、私はただ睨みつけることしかできない。

 けれどもこんな卑怯な手まで使っておいて、タカシは私に睨まれただけで 簡単にひるんだようだった。

「オレのこと、悪役だって思ってるんだろ。だけどオレからしたら、あいつのほうが悪役だ。被害を受けるのは教師だけじゃない。問題を起こした生徒がどんな目にあうか……お前なら想像できるだろ?」

 苦々しさを吐き出すように、少しうつむき加減でタカシが言った。
 タカシは私のことを思ってやっているのかもしれないけど、こんなやり方、信じられない。


 私がどうなろうと、そんなことはどうでもよかった。
 だけど先生は違う。誰よりも愛しくて、そして誰よりも――大切なひとなのだ。

「約束しろよ。これをおおやけにされたくなかったら、二度とあいつに近寄るな」

 タカシの冷たい声が、宣告のように私にふりかかってきた。



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